1. Ⅰ.戦略

事業領域を拡大するメリットとリスク

 「経営戦略の基盤:「ニーズ/シーズ」と「強み」」でみたように、経営戦略を立てる上で「ニーズ主導」か「シーズ主導」か、そしてどのような「強み」を持つかを決めることが第一歩となる。その後に事業が軌道に乗ると、次は「どこまで事業領域を広げるか」について考えていくことになる。

 企業が成長を目指す上で事業領域の拡大は不可欠ともいえるが、拡大していく上で重要なのは、「事業領域を拡大しすぎない」という点である。事業領域を拡大しすぎると、経営資源の活用が非効率になることがある。たとえば、得意分野でない分野に進出することで、これまでの強み(技術力やブランド、ビジネスモデル)が活かせずに苦戦を強いられる。しかし一方で、事業領域が狭すぎる場合は市場の拡大が見込めずに売上や利益が確保できないといった課題や、その事業領域に魅力を感じる人材が少ないことから優秀な人材を獲得できないといった課題が生じる。
 人材の採用という観点でいえば、たとえばオンライン書店として始まったAmazonの事業領域が当時のままであれば、採用を期待できるのは「オンライン書店を運営する企業で働きたい」という人材に限られることになる。言い換えれば、Amazonの企業理念が「世界一のオンライン書店になる」よりも、「地球上で最もお客様を大切にする企業になる」のほうが、より多くの優秀な人材が集まる企業になるといえる。(この考え方は、「戦略の根幹を成す「企業理念」」の中で触れた志望動機の話と深く関連する)

 このような理由から、企業が事業領域を考える上では「狭すぎず広すぎず」という、効果的な拡大を目指すことが重要となる。

事業拡大(多角化)のメリット

 事業拡大には、主に以下のメリットがある。

(1)新市場の獲得
(2)シナジー(相互)効果の発揮
(3)リスクの分散

(1)新市場の獲得
 事業を拡大することで、新しい市場に進出し、新たな売上を期待することができる。たとえば、オンライン書店から始まったAmazonは後に家電やカメラ、AV機器、パソコン、オフィス用品、食品・飲料、衣類など幅広く扱うEC事業へと展開し、現在ではクラウドサービス(=インターネット経由でソフトウェアなどの機能を利用できるサービス)にも事業を広げて新しい市場で収益を拡大させている。

(2)シナジーの発揮
 シナジー(相乗効果)は、複数の事業を展開することによって単体で事業を行う場合よりも大きな効果が得られることを指す。たとえば、iPhoneのヒットによって成功したAppleがそのブランドを活かしてApple WatchやApple Musicなどの事業を展開している事例などが挙げられる。ブランド以外にも、技術や生産設備、管理方法、人材、販売・流通網などの「強み」もシナジーを生み出す要素となる。

(3)リスクの分散
 自社の事業がひとつしか無い場合、自社業績はその業界全体の景気変動に大きく左右される。すなわち、その業界が不景気になると企業は倒産の危険性が高くなる。この点、複数の事業を有することで、倒産のリスクを分散させることが可能となる。たとえば、富士フィルムではかつて写真フィルムの分野で世界的な企業であったが、デジタルカメラの登場によって市場が大きく変化することに備えて、デジタル画像処理や医療用の画像診断機器の技術を展開していったことでリスクを分散させた。また、フィルムの主原料であったコラーゲンの研究や写真の色褪せ防止の抗酸化技術、光解析・コントロール技術、そして薄いフィルムに塗布する成分を極小化するナノ化技術を化粧品開発に応用することで、リスク分散だけでなくシナジーも発揮した。

事業拡大(多角化)のリスク

 多くのメリットが期待できる事業拡大だが、その一方で主に以下のリスクがある。

(1)新しい事業(市場)で競争が激化する可能性
(2)既存の競合他社との競争関係が続く可能性
(3)最適な経営資源の分配が困難になる可能性

(1)新しい事業(市場)で競争が激化する可能性
 事業拡大を目指す上で、将来的に成長が見込まれる市場を選ぶことが定石となる。それゆえ、自社以外の多くの企業も同様にその市場に参入してくることが予想されるため、新しい事業を展開してもその市場で競争が激化し、意図した売上や収益が実現されない可能性がある。

(2)既存の競合他社との競争関係が続く可能性
 効率的な事業拡大を行うには、既存の強みと関連性が高い事業を行うことが定石となる。こうした定石は既存の分野で競合している他社も同様で、自社が新しい事業(市場)に進出することは、同じく既存の競合他社も類似の技術で参入してくることが予想される。すなわち、既存の事業(市場)での競争関係がそのまま持ち込まれるため、意図した売上や収益が実現されない可能性がある。

(3)最適な経営資源の分配が困難になる可能性
 最適な経営を行うためには自社の資源を最適に活用することが求められるが、事業拡大によって新たな市場に参入することで、新たな資源の分配が求められる。場合によっては既存の事業で活用している資源(人材や資金)を割り振る必要があり、既存事業の成長性や生産性が損なわれる可能性がある。

(次の記事:事業領域の拡大と撤退の判断基準

PAGE TOP