1. Ⅰ.戦略

戦略の根幹を成す「企業理念」

 「はじめに」で触れた図「経営の全体像」で見たとおり、企業の戦略や活動の方向性を考える上で根幹をなすのが「企業理念」である。企業理念は一般的に「創業者が作ったもの」とイメージされることも多いが、創業者が企業をつくる上でのみならず、従業員ひとりひとりにとって重要となる。昇給(すなわちお金)に興味がある従業員にとってはあまり興味がわかない対象かもしれないが、企業理念は従業員が昇給を実現していく上でも重要な意味を持つ。

 企業理念とは、「実現すべき社会的価値」を意味する。いわゆる「これ」といった正解があるわけではないが、例として以下の分野で生み出す価値が挙げられる。

・食糧
・衛生
・医療
・福祉
・教育
・住居
・通信
・平和
・娯楽
・格差是正
・貧困撲滅
・自然保護
・経済成⾧
・技術革新
・産業発展
・エネルギー
 etc.

 原則として、あらゆる企業は何かしらの社会的価値を生み出すために活動を行う。経営者や従業員にとって経営や労働の目的のひとつは「収益を得ること」であるが、それと併せて目的にするべきなのが、「社会的価値を実現すること」である。これは言い換えれば、事業を行う上で「何を作るか」や「何を売るか」も重要であるが、それと同様に「何を企業理念とするか」もまた重要となることを意味している。

 企業理念は、「企業の存在意義や使命を普遍的な形で表したもの」と言い換えることもでき、企業が製品やサービスをつくり販売していくための根幹や指標となる。明確な企業理念がなければ、企業の活動は非効率なものになる。一方、従業員が企業理念に共感することで、働く動機付けになり企業の求心力は高まっていく。

 Panasonic(旧松下電器産業株式会社)を創業した松下幸之助は、企業理念(経営理念)について以下のように述べている。

 「経営理念というものを明確にもった結果、私自身それ以前にくらべて非常に信念的に強固なものができた。そして従業員に対しても、また得意先に対しても、言うべきことを言い、なすべきことをなすという力強い経営ができるようになった。(中略)それからは、われながら驚くほど事業は急速に発展した

 この言葉からも分かるように、企業理念は「企業の目的」でもあり「従業員の行動規範」でもある。すなわち、企業が一方的かつ独善的に掲げて終わるものではなく、従業員と一丸となって受けとめ、体現していくべきものである。

企業理念と「志望動機」

 企業理念というと「創業者がつくるもの」というイメージが強いが、それ以外にも、就職活動を行う労働者にとって「志望動機」になるという側面もある。すなわち、どのような企業で働くかを決める上で重要視されるべき要素となる。

 一般的に、入社する企業を選ぶ上では業種や職種、そして収入、さらには休日や各種の福利厚生などが判断基準とされるが、企業理念(すなわち、実現すべき社会的価値)を軸に考えることが、本来の企業選びの在り方といえる。その意味で、「企業理念=志望動機」と捉えることができる

 この「企業理念=志望動機」は、以下の3つを軸にして明確にすることができる。

(1)実現したいこと:WANT
(2)実現できること:CAN
(3)実現すべきこと:NEED
「(1)実現したいこと:WANT」は、経営者にとっても従業員にとっても心から取り組みたいと思える事柄や活動を指す。たとえば、「高性能の半導体を実現したい」といったことが挙げられる。
「(2)実現できること:CANT」は、自らの能力を用いることで提供できる製品やサービスを指す。たとえば、「大学院で学んだ電気電子工学、情報通信工学の知識を活かして高性能の半導体の開発・製造を実現できる」といったことが挙げられる。
「(3)実現すべきこと:NEED」は、社会で不足しているもの、または社会で求められているものを指す。たとえば、「進化するAI技術を活用するために求められる高性能の半導体の開発・製造を実現すべき」といったものが挙げられる。

 これら「WANT」「CAN」「NEED」の共通項こそが、企業(=経営者や労働者)が目指すべき活動であり、企業理念となる。上述した「WANT」「CAN」「NEED」の共通項を基にした企業理念としては、たとえば「未来を創る知能の礎 最先端半導体で拓く新時代」といったものが挙げられる。

 経営者や従業員にとって、企業理念は労働の動機となる。たとえば、業種や業務内容、給与、福利厚生などが同じA社とB社があるとする。A社は自身が考える「WANT」「CAN」「NEED」に合致した理想の企業理念を掲げており、一方でB社は全く合致していない企業理念であれば、特殊な事情がない限りは「A社で働きたい」と考えられる。この動機は、日々の業務の中で生産性の向上や新たな付加価値の創出をもたらす源泉となる。すなわち、企業理念の設定と共感こそが、事業活動と成長の根幹となる。

 経営や事業活動・実務で迷った際には、企業理念に立ち返る必要がある。上司や経営陣と意見が対立した場合は、企業理念を参照しながら最善の選択肢を明確にすることが理想の在り方といえる。また、企業理念は定款に盛り込まれることで、従業員だけでなく株主とも足並みを揃えることができる。すなわち、企業理念に反する株主からの要求などは、企業理念という大義を掲げて拒否することも可能となる。

 これまでにみてきたように、企業理念は企業活動の根幹を成すが、それを掲げるだけですぐに社会的価値が実現されるというものではない。社会的価値を実現するためには、掲げた企業理念を実現するための手段として、戦略やマネジメントなどの「仕組み」が必要となる。たとえば、企業理念を体現する従業員が昇進するような評価制度などがそのひとつである。

(次の記事:経営戦略の基盤:「ニーズ/シーズ」と「強み」

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